<PGAツアーに革命児誕生>

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なんとスマートで鮮やかなデビューだろう。RBCヘリテージで優勝したわけでもないのに、
勝ったブレンダン・グレースを圧倒する人気だった。
ブライソン・デシャンボーは、「タイガー」という巨星が消滅しそうになっているアメリカPGAのブラックホールに、七色の光を差し込んだ。
この光こそPGA関係者や多くのゴルフファンが危惧していた「衰退」という影を、払拭するのに
十分なルックスを持っていた。
ブライソン・デシャンボーは完璧な脚本で、彼自身が語る
「韻を踏んで」プロデビューした。そして世界中のゴルフファンに虹をかけた。じつはこの陰には
海よりも深いゴルフへの愛情と、独特の閃きと、たゆまない努力が隠されていたのだ。
ブライソン・デシャンボー、
22歳、彗星のように現れた恐るべき男がこれからの『ゴルフ』そのものを変えてゆく。
★予言されていたデシャンボー
韻を踏んでとはプロになる儀式の過程で、まさに颯爽と着実に彼自身、彼自身のバージンロードを歩いたからである。
デシャンボーはアマチュア時代、アメリカのゴルフ雑誌に紹介されたことがあった。小さな囲み記事だった。Beau(ボゥ)と呼ばれる個性的な選手としての登場だった。
彼のゴルフに対する考えは独特であり、小さなコラムは「ボゥがゴルフの常識を変えるときが来る」と結ばれていた。
2015年、全米アマを獲得、NCAA選手権で優勝とアマチュア時代も光り輝いていた。そして大学を中退して約6カ月が経過した。プロに転向しての初戦で、彼はかつての記事が単なる予言ではなかったと証明して見せた。
★クラブを統一して得られるスイング
デシャンボーが語るゴルフ理論のベースは2011年頃にある。研究を重ねた末のスイングは、210ヤード先のフラッグをかすめた。その瞬間、彼は今のスイングの基本ができたのだと考えている。
大学ではゴルフの傍ら熱心に物理学を探求した。自身で好奇心が旺盛だと語るように、ゴルフに関しても、安定したスイング、正確なショットを納得するまで追求した。
その結果は誰も思いつかない手法としてゴルフ界に現れた。彼の突き詰めた理論は、「全てのクラブを統一することができるなら、スイングの機械的な反復性が高まる」というものだった。
彼は即座にシャフトの長さの統一という、思いもかけないことを実行したのだ。
★ロード トゥ プロフェッショナル

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プロの世界に入ったデシャンボーの初挑戦は欧州ツアーだった。「アブダビHSBCゴルフ選手権」の招待を快諾している。初日、デシャンボーは「64」でスッとトップに立った。何の不思議もないかのように。
「ゴルフを科学として見つめたい」こう語った彼は、ゴルフコースと自分のプレーを分析することが大事なんだとも話している。
2016年4月、PGAをアマチュアとして出場するデシャンボーの5戦目はマスターズだった。デシャンボーはこの5試合のことを"インターンシップ"と呼んで、プロになるための韻を踏む大事なパートだと考えていた。
「このプロセスを経験することは、PGAツアーが快適だと自分に感じられるようにするためだった。そしてそれは十分満足できる過程だった」と振り返った。
★ファンを大切にする
プロデビュー戦の「RBCヘリテージ」で4位タイとなり、デシャンボーは次週の出場権も獲得した。
デシャンボーはホールアウト後のテレビと雑誌社のインタビューを終えると真っ先に、柵のそばで並んで待っていた子供たちのところへ笑顔で走っていった。そして純白のハンチングにサラサラとサインすると、まるでフリスビーのように柵の中へ投げ込んだ。
その光景はファンに不慮の飛行機事故で亡くなったペインスチュアートを彷彿とさせた。彼もまたペインの信奉者で、大学もペインのいた学校を選んだほどだった。
デシャンボーが繰り返し語っている言葉、「ファンの応援をとてもありがたく感じている。だって、彼らこそこのツアーすべてを支えている人たちだから」と。
ゴルフの科学者は"クラブ"で革命を起こそうとしている。いま、クラブメーカーは目の色を変えて研究に励んでいるそうだ。
ファンを大事にする爽やかクンが、明日のPGAのリーダーになるかもしれない。